TRAN THI VAN ANH (チャン・ティ・バン・アイン)
ベトナム北部のハノイ生まれ。ハノイ貿易大学卒業後、神戸大学大学院 国際協力研究科に入学。
在学時よりアグリテックジャパンの親会社である専門商社インターテックにてアルバイトとして勤務。卒業と同時にインターテックに入社し、ベトナム向けの印刷機械の海外営業を行う。
2014年、アグリテックジャパン設立と同時に参画。
現在は副社長として経営全般はもちろんのこと、ベトナム及びアジア各国向けのセールスも担当。
ベトナムを良くしたい
ハノイの大学で日本語を勉強していて、大学の交換留学プログラムで日本に留学してきたのが始まりでした。そこで大きな刺激を受け、大学卒業後、神戸大学の大学院に進学しました。
日本人は責任感が強く真面目。そして日本の会社はお客様を思いやる姿が印象的でした。学生当時、アルバイトで勤めていたアグリテックジャパンの親会社にあたるインターテックでの経験が、私の「ベトナムを良くしたい」という気持ちを強くさせました。
ベトナムはまだ遅れています。日本に来て、まずそれをしっかりと認識出来たのがスタート地点に立つという意味で重要なことでした。自分達の置かれている状況に何もせず、ただただ納得している状況が私は好きではありませんでした。今になって思うのですが、ベトナム人はとにかく真面目。一方で総じて諦めが早いんですよね。だから自分達の状況をすぐに受け入れてしまうんです。
私は大学院を卒業して、インターテックに入社した時にビジネスを通じてベトナムを良くすることを決意しました。そしてそのことを絶対に諦めないと心に誓ったのです。
アグリテックジャパンが出来た理由
インターテック時代にベトナムからの輸入品を探していたことがあります。その中で花の産地として有名なダラットに行ったことが今回の農業へと繋がります。つまりアグリテックジャパン創業のきっかけとなったのです。
ダラットは標高も高く、気候も安定しているので、例えるなら一年中春のような気候を持つ世界有数の地域です。花の産地としては有名なのですが、その他の果物や農作物はそこまで有名ではない。理由を調べてみると、農作物を育てられる土を保有しているかという問題は少しはありますが、それ以上にロジスティックス周りの問題が多かったと言えます。
私達は商社です。ロジスティックスの専門家です。そこで当時、花を仕入れていた農家を訪ね、議論を重ね、結果として農作物を育ててみようという話になりアグリテックジャパンは誕生したのです。
アグリテックジャパンを育てるということ
最初は今とは違う土地でテスト栽培を開始しました。先ほども言いましたが、日本とは土地が持つ条件、一番は成分が違うため、ただ植えるだけでは日本で育てた場合と品質が異なってくるのです。そして気候も違う。だから最初は小さく実験を重ね、成功したらそのやり方を広げるといった形で進めるのです。
それにしても最初は大変でした。だってメロンの実がならないんですもん。ここまで違うのか、、、と思わざるを得ない状況でした。テストの際に、現地の人にも色々聞きたかったのですが、前例の無いことをやっていたので、テストして、改良して、テストしての繰り返しをやる他に選択肢が無かったんです。だから出来た時には感動しました。そしてテスト環境から遂に本番環境に移るんだなと感じました。その時にはテスト開始から3年の月日が流れていました。
「さすが!」と言われたい
昔に比べればかなり成長しましたが、アグリテックジャパンはまだまだ成長段階にある会社です。お陰様で富士メロンは皆さまから「美味しい!」と評価を頂いていますが、商品点数、生産面積、販売網、そして社内環境の整備やスタッフの増強など、目の前にはやるべきことは山盛りです。
そんな忙しい環境の中、私達はなぜこのビジネスをやっているのかを決して忘れてはなりません。それは「世界に安全で美味しいものを届ける」ということです。
まだまだ海外ではベトナム産の果物は浸透していません。現在ベトナム国内では少しずつ評価を頂け始めましたが、海外はこれからといった状況です。みんなが、安心して美味しく食べられる果物をどうやったら世界に届けられるか、このことをしっかり考え、行動に移していくことが私の仕事であり、次の成長への一歩となるでしょう。